昼行燈@神戸 徒然日記

趣味の写真のことを中心に、住んでいる神戸のことや日常を徒然と・・・。

ビーナスブリッジ

ビーナスブリッジ

神戸の市街地から歩いて行ける夜景スポットと言えばここじゃないでしょうか?

三宮周辺からでも、徒歩で30分程度で行くことができます。

 

 

f:id:HIRO-C:20170219210626j:plain

 

 

 

 

 

こんな歩道橋の下まで行けたら、あとひといき。

 

f:id:HIRO-C:20170219211207j:plain

 

あ、南京錠に願い事を書いてモニュメントにつけておくと、成就するらしいですよ。

欄干とか手すりには取り付けないように!

 

f:id:HIRO-C:20170219211418j:plain

 

夜景撮影のお話し その1

〇そもそもどうして夜景なのか?

 

 カメラを購入した職場の先輩から、

  「右も左もわからんけど、カメラ買ったから教えてくれ!」

と言われて、「じゃ、とりあえず仕事帰りでよかったら、付き合いますよ」 (^^ゞ

ってな感じだったわけです。

 

 今考えれば、何を撮りたいかも決まっていないのに突然一眼レフを購入した先輩も先輩だけど、そんなド初心者の先輩を夜景撮影でカメラデビューさせたのもなかなかの暴挙だったかな・・・。

 基本、出不精なので、休みの日に行くのが面倒だったのが一番の理由です。

 

〇改めて、神戸って綺麗な街

 

 昨年の2月、仕事終わりに夜景撮影ですよ! 寒すぎます。 ダラダラと撮ってると、風邪ひくので、仕事終わり、遅くとも19時までというリミットで素人がド素人に教える写真教室を始めました。

 

f:id:HIRO-C:20170218175010j:plain

   photo,,北公園

 

〇重いのよ! 一眼レフって

 

電車通勤なので、荷物はなるべく軽量化。

先輩は車通勤なので一眼レフ+三脚を持ち歩いていましたが、オイラは基本このセットとゴリラポッドでお付き合いすることにしました。

 

f:id:HIRO-C:20170218174955j:plain

 

 

オリンパス E-PM1 + 17mm F2.8 

 

〇案外いける!

 

 お散歩カメラとして使っていたこのカメラ、ちょっとマシなコンデジ感覚で使っていたのですが、案外と頑張ってくれます。

 

f:id:HIRO-C:20170218175027j:plain

 

  photo 神戸大橋

 

 

 てなわけで、少しの間は去年の仕事帰りに撮影した神戸の夜景をUPしようかな・・・

 

 

 

カメラ(一眼レフ)について

 子供の成長を綺麗な写真で記録していきたい。

そんな動機で初めて買った一眼レフカメラが、Canonの EOS kiss X4 でした。

いつ買ったのかと、保存している写真をさかのぼってみると、2010年の8月。

 

 何の知識もなく初めて買った内訳は、

   EOS kiss X4 のダブルズームキット + EF 50mm f1.8(通称:撒き餌レンズ)

 家に持って帰ってきて、すぐに撮った写真が、これです。

 

f:id:HIRO-C:20170203153019j:plain

 

デジタルカメラって素晴らしいです。

まともにカメラなんて触ったこともないド素人が電源を入れてシャッターボタンを押しただけです。

 

このころは、趣味になるなて思ってもいませんでしたね (^^♪

iPhone6 → iPhone6s に機種変更しました。

使用から、2年と2か月。 バッテリーが弱ってきているようで、充電残量がでたらめであったり、突然電源が切れたり、半日ぐらいで電池がなくなったりで機種変更しようと企んでいたわけです。

 

 で、実は、1月末に 自宅近所のauショップ2件と、家電量販店の携帯電話コーナーにて問い合わせてみたら、「iPhone6s完売です」・・・。

 

 手に入りにくいと聞くと欲しくなるのです。

 

 ☆ どうしてiPhone7じゃなくて、iPhone6sなのか?

iPhone 6s機種変更おトク割 | au

 

 これ ↑ です。  

まだ、iPhone6を使い続けるつもりでしたが、バッテリー交換費用を払いたくない。

かといって、追加料金を払ってiPhone7を使う価値を感じなかったからです。

 

 ☆ 西宮でまだ在庫がありました。

使い勝手の良くなかった、あんしんGPSを解約するために立ち寄った西宮のauショップで聞いてみると、ゴールド64G ローズゴールド64Gの在庫あると聞いたので、機種変更してみました。

 

 ☆ 料金

今のiPhone6を下取りしてもらい、上記下取り割引などなどで、毎月▲100円になりました。

機種変更して、端末を新しくしたほうが、いまの機種を使い続けるよりもコストが安いというのも不思議な感じですが・・・。

すでに、手に入りにくい状態ですが、auiPhone6を使っていて、iPhone6sでもいい人は機種変更がお得かもしれません。

 

 

Apple au iPhone 6s 64GB ローズゴールド MKQR2J/A 白ロム

Apple au iPhone 6s 64GB ローズゴールド MKQR2J/A 白ロム

 

 

 

 

 

 

 

 

中学生の子供に持たせる携帯電話に思うこと

 現在、AUの子供向け携帯である、 mamorino3 を契約しています。

・月々の費用が1,000円未満

・10件まで連絡先が登録できる

・防犯ブザー機能

 通学するときには使いませんが、どこかに出かけたりするときには、

かなり便利なアイテムです。

 子供に持たせている時には、ストラップで首からぶら下げることが

多いので、2年も使えば、ボロボロです。

 

京セラ 白ロム 携帯電話 mamorino3 ホワイト

京セラ 白ロム 携帯電話 mamorino3 ホワイト

 

 

そこで、

1.いったん解約して、新規で申し込みなおす

2.ガラケーに機種変更

を前提に、auショップに話しを聞きに行ってきました。

 

 上記選択肢のうち <2.>をメインに聞いて来たのですが・・・。

 

イマドキ、ガラケーだって、Android OS搭載の、4G LTE携帯ばかりしかないんですね・・・

 

 おまけに、メールの添付なんかで写真や動画を数枚やり取りしたら、ダブル定額の最高料金(4,200円)まで行ってしまって、ジュニアスマホの料金のほうが安くなるらしい・・・。

 

携帯会社の方針として、スマホに移行させようってのはわかるんですが、もう少し段階があっても良いんじゃない? って思っちゃいました。

 

1.17 あれから22年

 あれから22年。

阪神・淡路大震災を経験した人と昔話をするときの基準となる日。

「あれって、地震前のことやったっけ?」

「あれ?この店って地震前からあるよなぁ~」

 

 神戸に生まれ、神戸に住み、神戸の学校に通っていましたが、幸い命を失った友人・知人はいませんでしたが、家を失った人、クルマを失った人、大切にしていなモノを失った人は沢山。

 自分自身は、水・ガスの復旧には1週間ほど掛かったけど、自宅一部倒壊、ブルーシートのお世話になった程度で決して「自分は被災者です」なんて言えないし思っていない。

f:id:HIRO-C:20170117192414j:plain

 日本に根を張って生きていくには、地震のことを知って、備えていくべきだと思っています。

 

 

f:id:HIRO-C:20170117192425j:plain

 

 

自己紹介というもの(学生のころ)

自己紹介っぽいことを兼ねて、自分の学生時代の振りかえりなど・・・

 

幼稚園のころ

 家の近くの幼稚園に通っていました。
当時のエピソード的記憶なんてほとんどありません。

覚えていることと言えば、スモックに通園カバンをぶら下げてたかな?程度の記憶。

あ、相手は誰だか覚えていませんが、けんかして滑り台の横で立たされたことがあるようなないような・・・。 

 

小学生のころ

 これも同じく家の近く。 歩いて2~3分でした。

俗にいう、新興住宅街、それも小学生のころにちょうど好評分譲中でしたので、とにかく転入生が多かった記憶があります。

学校も、新校舎が建ったりしていました。

 

ちなみに、1~6年生のクラス担任の名前は半分ぐらいしか覚えていません。

卒業アルバムは、捨てました。(嫌な思い出とかじゃなくて、見返すこともないので)

 

中学生のころ

 いわゆる、中高一貫校にお受験して通いました。

当時、公立中学の男子「丸坊主」。

母親に、「坊主したくなかったら、受験しないと!」なんて、なんとも目先に人参てきなハッパのかけられ方で塾に通った記憶があります。

 

中学に入って気が付いた時には遅かった! 事務室と売店のおばちゃん以外に女子が居なかったのです・・・ (´・ω・`)

 

 中高一貫校で高校受験がない故に、勉強全然してなかったですね。

中学生の時に勉強したといえば、遊びすぎて、学年順位下から一桁になった時に、家庭教師をつけられた1年弱かな・・・

おかげで、高校に内部進学した時には英語科に滑り込むことができました。

卒業アルバムは、捨てました。

 

高校生のころ

 中学の時は学年あたり、3クラスの120人程度ですが、高校になると一気に11クラス、約450人に増えました。

 ただ、学年に1クラスしかない英語科(世間でいう、文系特進クラスってやつ)だったので、3年間クラス替えがありませんでしたので、ほどんど交友関係は増えなかったです。

高校2年には、生徒会の副会長を拝命いただいた記憶があります。

卒業アルバムは、捨てました。

 

浪人生のころ

 世の中そんなに甘くはないとようやく気が付いた頃。

大学受験は「運」や「つき」でなんともなりません。 

人事を尽くしたもののみ、天命を待つことが許されるというわけです。

 家の近くの予備校では、また友人たちと遊んでしまうことが予想されましたので、すこし遠い予備校に通いました。

 4~7月は人生の中で一番まじめに勉強した4か月間なのは間違いありません。

 

 ここで、現役生の時に落ちた大学を志望校にした模試で、A判定&志望者中全国2位の成績を取ったことが油断の元。

 せっかくなのだから、この勢いを継続して上の志望校を志せばよかったのですが、

「この時点で、A判定なのだから合格は間違いない」

 と勝手に思い込み、8月以降はだらだらとして浪人生活を送っていました。

 

  4か月間まじめに勉強すれば、偏差値50~52程度から、60~63までは上がるもんだと妙に感心したところ。

 ここで、自分は「やればできる子」と勝手に勘違いする子でもあります。

 

大学生のころ

 それ以上でもなく、それ以下でもなく・・・

浪人生のころに模試でA判定を取った大学に案の定入学しました。

 大学1年生の冬、成人式の翌々日の早朝、激しい揺れで起きました。

そう、阪神・淡路大震災です。

 とうじ、情報学部であったこともあり、2000年問題でにぎわうIT系企業への就職を考えていましたが、現役卒で先にIT企業に就職していた友人が過労から体調を崩して入院したりで、急きょ地元企業へ就職することになりました。